WEB小説 拡張された世界 〜第一章25〜
アリスの主電源を落としてからは、じっと狭い空間の中で身体の痛みに耐えながら、助けが来るのを待つだけだった。
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この狭い空間に閉じ込められるのは、生まれて二回目だ。
一回目は、壊滅した国際宇宙研究ラボから脱出した時…
まあその時は、脱出ポッドの中で致命傷を負った俺は気絶していた訳だったが…
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それから、俺とアリスはオーグセキュリティのレスキューチームに助けられ、ようやく外に出る事が出来たが、日が暮れて辺りはすっかり暗くなり、粉々になったエムズの残骸が今尚燃え上がり、辺りを照らしていた。
それから、アリスに突き刺さっていた破片も取り除いてもらった。
主電源が落ち、ぴくりとも反応しないアリス・・・。
彼女が身を張って守ってくれたおかげで、俺はこうして生きている。
アリスの状態は、頭内にあるコアが破壊されていないので、一種の故障のようなものであり、状態異常のひとつにすぎないが、損傷の有様を見ているとやはり心が痛む。
だからこそ、早くアリスを元の状態に直したい!
憎まれ口を叩き合いながら楽しく過ごす、元の日常へ戻りたい。
・・・でも、こんな大事件に携わってしまったのだから、やるべき事はたくさんあり過ぎる。
結果的には、暴走列車を止めるという目的は達成出来たのだが、目の前の事だけを見ていた為、これからの事など一切考えていなかった。
レスキューチームとともに、現場に到着した今回の事件の担当責任者でもある晶子は、レスキューや検証官など各層の担当員に指示を出し、事件処理の指揮をしていたが、一通り指示を終えて、ストレッチャーに乗せられ搬送中の俺の所へやってきた・・・。
「ひっ、久しぶり・・・」
「悟!!!」
・・・ガンッッッッ!!・・・
搬送中の俺の脇腹に向かって、さらに追い討ちをかけるように振り下ろされる晶子の拳…。
そして、倒れ掛かるように俺の腹部に晶子のヘッドバッドが加えられる…。
その晶子の目には、大量の涙が溢れ出していた。
「なんでみんなっ・・・勝手な事ばかりして・・・私をおいていくのよ!!」
”おいていく”という言葉が印象的だった。今回の事件解決に向けて、任務を無視して単独行動を行った事に対しての戒めだと思うが、晶子がかつて助けられなかったたくさんの命の事も含まれているように感じた。”おいていく”という事だから、晶子・・・お前も・・・
「おいていく訳ないだろ!!」
俺は全身の力を振り絞って晶子に怒鳴るように反論する。
「アリス、ブライヤさんだって、傷は負ったが生きている!俺なんか、皆が体をはってくれたおかげで、ほとんど無傷だ。お前を差し置いて行動した事は償わなければと思ってる。だけど、俺達がとった行動は最悪の結果を回避する為の最良の方法だったと思う。」
今回の軍事車両暴走事件の被害は、エムズ(対犯罪者用戦闘重兵器車両EMZ-03)の大破や、オーグセキュリティー捜査員の負傷や殉職もあり、多大な損害があった事は間違いないのだが、一般人の被害は避けられる事が出来た。
「それに俺は、この命をかけて成し遂げたい事がある!だから、それが成されるまでは何が何でも生きてやるつもりだ!晶子っ、これからもお前の力を使ってでも醜く生きてやる!・・・だから、お前も・・・死にたがりはやめろ!」
”死”というワードに反応してか、晶子は我に返るように落ち着きを取り戻し、大きく深呼吸する。そして…
「何よ、馬鹿みたい!命をかけて成し遂げたい事って何?」
「それは言わない!!他の人には説明はしないけど、俺には協力しろ!!どうだ、図々しいだろっ!?」
「うんっ!最低ね!どうせ、アリスちゃんがらみの事だと思うけど・・・」
晶子とは付き合いも長い、俺の浅はかな考えは当然見透かされていた。でも、掘り下げて追求してくる事もないのが、彼女の優しい性格だった。
「こんな最低な男だけど、俺が成し遂げたい目標はお前もこの世界も助ける!絶対に助けるから、これからもよろしく!!」
「うんっ!よろしく!」
夕日に照らされた彼女の笑顔は、なんとも言えない魅力的な顔だった。
どうせ拡張現実のこの世界が起こした演出だろう。そう、一時的な演出で、この世界の女性全てを魅力的に見せるフィルターがかかっているに違いない。俺は自分に強く言い聞かせる。
「どうしたの?」
「い、いやっ、何でもない!」
「そうっ、でも今回の罪はちゃんと償ってもらうから!!」
「ですよね・・・」
「電子不純わいせつ容疑であなたをこれから拘束します。」
・・・ああ…確か、そんな容疑(アンドロイドに対する数々の嫌がらせ行為)で護送されるという設定になっていた事を思い出した。その護送車両がエムズで、護送中に暴走(実際は暴走していない)して、暴走車両を止めた・・・こんな不自然な理由でまかり通ってしまうのか不安しかない。
晶子は大怪我を負って搬送されるブライヤさんから、今回の単独行動の詳細を聞いたとの事だ(おそらくブライヤさんも相当怒られた?これから怒られるのだろう。)
そして、今回の軍事車両暴走事件の詳細を、オーグセキュリティーだけで処理するとは思われない。こんな大きな規模の大事件をこの世界を管理するコンピュータ”リアース”がスルーしてくれるはずはない事は明白だった。
実際、リアースの直系調査機関がこの現場へ向かっていると言う。
だから、こうして先手をうって、俺に容疑をかけて拘束する事で、リアースの目が俺に向かないように便宜を図ってくれたのだった。
エムズを軍事車両と対等に戦えるようにカスタマイズした事がバレると、それこそオーグセキュリティーの重大な問題となってしう。ここは、オーグセキュリティーの組織で隠蔽工作するしかないのだ。
こうして、リアースの目から逃れるようにそそくさと俺はオーグセキュリティー内の病院へ送り込まれ、診察後『電子不純わいせつ』で逮捕・拘束される事となった・・・。
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こうして、世間を騒がせた列車暴走事件(軍用車両暴走事件)は幕を閉じる事となった。
事件の真相は首謀者…中富博士の電脳AIの暴走と世間には発表されることになったが、博士を暴走事件へと掻き立てた黒幕がいるという事実を。そしてその黒幕は、俺達人間とロボットとの繋がりを断ち切ろうという思想を持っている事実を公には発表しなかった。
それは、あまりに曖昧で確証の無い内容だったからだ。また、それが事実であればこの世界を揺るがす大問題である事だったからだ。
俺がこれからしようとしている事。俺の育ての親、永森博士がしようとしていた事との真逆の思想を持った者がこの世界にいる事を認識しなければならない。認識した上で行動しなければならない。
だから、必ず今後どこかでその思想を持つ者と対峙する事は間違いないと感じていた。
・・・でも今は、俺を助けてくれた、あのちょっとムカつく事もあるけど、すごく愛おしいあのアシスト型ロボットを復活させる事が何よりもの優先事項だった。