WEB小説 拡張された世界 〜第一章03〜
「ところでさ、アリス。」
「はい、何でしょうかマスター!!」
「今日の仕事の報酬とVRサーバー報酬とで今期はなんとかなりそうかな?」
「はい、もう現時点でクラスB++分の 税務PAYは確保していますのでご安心を! 」
・・・この世界は全て電子マネー・・・いわゆる"マネーポイント制度"で統一されている。同時に、老若男女問わずこの世界の一人一人には納税の義務が課せられており、それが『税務PAY』 と呼ばれるシステムで、一年に二度電子マネーをリアースに納める形となっている。
正確に言うと "納めなくてもよい" のだが、電子マネー(CASH)を納める額によって、一人一人を所得階級分けし、その階級によってこの世界で受けられる福利厚生サービス内容が変わってくるというシステムだ。 『税務PAY』をより多く納めたSSクラスの人間は、この世界のほとんどの公共機関を顔パスで入る事が出来、また多くの条件下で優遇される・・・逆に、 全く納めない人間は ”KKクラス” といい、この世界の公共機関の利用不可、また居住権も剥奪され専門労働施設送りにされるケースもある。
俺、月ヶ瀬悟率いる『月ヶ瀬修理店』 も、住居兼オフィスの 立地条件や待遇を考えると半期納税 クラスB++確保を最低ノルマとして勤しんでいるが・・・アリス曰く、 今期のノルマは越えたとの事で少し安心した。
「すごいな!どこで利益を出したんだ!?」
「はい、マスター!現収入比率ですが、マスターの修理業からの収入が全体の37%、レンタルVRサーバーからの収入が55%、そして残り8%が前年からの繰り越し額です!」
「VRサーバーって、そっ、そんなに売上叩き出してんの!?」
月ヶ瀬修理店の駐車場地下には、一台の大型スーパーコンピュータが設置されている。
その名は『スーパーコンピュータ=アリス』だ。
まんまの名前の通り、目の前の支援アンドロイド『アリス』と地下のスパコン『アリス』とはお互いをリンク共有しており、スパコンから収集されたデータを即時にアリスの脳内AIに送り込む事が出来る。
見た目は少女ロボットのアリスだが、 スパコンと情報共有させる事で、『自分で喋って歩く事も出来る百科事典兼コンピュータ』を実現させたスーパーアンドロイドだ。
「・・・ところでマスター!」
「なんだ?」
「仕事依頼のメールが届いています。」
「どこから?」
「受信先はオーグセキュリティE-03・・・依頼主は笠部晶子様からです。」
「・・・・・晶子からか・・・?」
「はい、晶子さんからです、マスター!!」
『オーグセキュリティ』というのは、いわゆるこの世界の警察機構の事。リアースにより統治・管理されているこの世界において、警察機関もコンピュータ化されるはずであったが、リアースの判断は人間による人間の犯罪への対処だった。
コンピュータによる全面治安維持の方法では、人間は”支配されて生きている”という概念がますます増えるのではないか・・・そういった支配観念を軽減させる為、リアースはこの世界に対してかなり寛容なシステムを敷いている。
人間の居住区に点在する人による警察機関・・・それがオーグセキュリティである。その中のひとつ、オーグセキュリティE-03部の課長を務めるのが、今回の依頼主『笠部晶子』である。
ちなみに彼女、笠部晶子と俺、 月ヶ瀬悟は大学時代の同級生である。
俺は物心ついた頃から永森博士の研究ラボで生きてきたが、博士は俺に教育機関で色々な事を学ぶようにと進学・在籍を手配してくれた。
電脳工学を学ぶために2年間程工科大学に通っていた事がある。その時に学友が笠部晶子だった。彼女とは・・・色々あったが、あまり思い出したくない・・・ふたを閉めて釘を打ち込みたい思い出といった所・・・
「笠部様の依頼内容は、対犯罪者用戦闘ロボットの修理です!」
「修理と言う名の改修だろ!!」
「そんな記述はどこにも・・・あっ、でも笠部様からの備考メッセージがあります。」
アリスがモニターにそのメッセージを映してくれる・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・
(๑˃̵ᴗ˂̵)و 悟 ! 逃 げ な い で ね ♡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
すごくシンプルだ・・・それでいて、すごく恐怖を感じるメッセージだった。3◯歳のB◯A・・・いやっ、お姉さんがどんな顔して語尾のハートマークを打ち込んでいたかと思うと、俺は吐きそうになる。
大学時代から何かと俺に絡んでくるのが笠部晶子と言う人間だったが、この歳になった今、お互い立場が変わった今でも昔と変わらなかった。
「アリス!!明日の仕事はお前の力も必要そうだから来るように!」
「ホントですか!!マスター!!やたーッ!!」
嬉しそうに飛び上がるアリス・・・まるで人間のようなリアクションも最近だと普通に出来るようになってきている。
「アリス、くれぐれも言っておくけど、家の外で俺以外の人間には、お前のハイスペックをあまり見せびらかしたらダメだからな!!お前が賢過ぎる事がバレれば色んな連中から目を付けられるからな!!」
「はい、心得ておりますマスター!! 」
俺は、永森博士に託された研究メモリデータをアリスの脳内AIに取り付けた。そして、アリスを使ってその託された夢を完遂しなければならない。だからこそ、アリスの事は他人にはまだ詳しくは話さないようにしている。
WEB小説 拡張された世界 〜第一章02〜
今から4年前の事・・・
地球の衛星軌道上に浮かぶ、国際宇宙研究ラボ・・・
このような研究機関がいくつも衛星軌道には存在していたが、その中のひとつ技術工学の顕位である永森雄一博士が館長を務める「NAGAMORI機関」の研究職員として俺は働いていた。
地球で生まれた俺は幼少の頃、恩師の永森雄一博士に連れられて、衛星軌道に登った。それからは、宇宙と地球を行き来しながら育ち、工学や電脳学等、技術者として学び、育ての親でもある永森博士の研究機関で博士をサポートしていた。
宇宙空間においては、朝・昼・晩という規則性を持たせ、地球上と同等の環境を作り、そこで生活するのが一般的であったが、研究施設によっては、朝・昼・晩の生活サイクル概念を捨てて、研究に没頭するヘビーな研究所も存在した。NAGAMORI機関もその類いのひとつで、私もとりあえず限界まで働き、寝て起きて、また研究して・・・そんな生活を送っていた。
そんなある日・・・
ドォォォォーーーーンンッッッッッッッッッッっ!!!
ものすごい轟音だった。場所は遠く方でと思われるが、もの凄い爆発音で私は飛び起きた。
研究ラボの無重力回廊でプカプカ浮きながら寝ていた俺だったが、飛び起きた直後、研究所職員達は慌ただしく現状把握に努める。永森博士の研究室に戻る途中、どうやら大きな爆発音と共に火災が発生している情報もアナウンスされていた。
「博士ーーーー!!!」
「戻ったか、悟!!」
「一体何がっ!!??」
「話は後だ!お前に頼みがある。」
そう言う永森博士の表情は、これまで見てきたものとは全く違う真剣で切迫した表情だった。
「はいっ!?」
「4番と5番ゲートを強制的にロックしろ!!」
「えっ!?それは管制室に言えば・・・」
「もう管制室は占拠されている!!だからお前がハッキングして閉めろ!!」
「はっ、はい!!」
何が何だかわからなかったが、永森博士の占拠という言い方から察するに、さっきの爆発音は敵が攻めてきた事を意味するものに違いない。
そして、既にその敵は管制室を抑え、この研究ラボ内に侵入している・・・敵の正体もわからないまま、とにかく俺は博士に言われた通り、管制室のコンピュータに急いでハッキングをかけ、強制的に4番・5番ゲートをロックした。
「ロックしました!!」
「よしっ、悟!!今度はこっちに来て手伝ってくれ!!」
永森博士は何やら必死でデータのバックアップを取っているようだ。博士の作業から推測して、次の作業行程のバックアップデータの解凍用プログラム打ち込みに取りかかった。
「流石だな、悟!!お前は何も言わなくても次に何をすればいいか判断できる。」
「当たり前です!助手ですから!!」
ドォォォォーーーーーーーーーンンッッッッッッッッッッっ!!!
さっきよりも近い場所での爆発音・・・どうやらロックしたゲートが破壊された模様。
「バックアップデータ出来ました!次は敵の足止めですか!?任せて下さい!!」
敵の正体はわからなかったが、ここは研究ラボ・・・言わばホームなのだから、敵がどんな重火器を持っていようが、周りのコンピュータを駆使すれば正体不明の敵にも対抗出来ると俺は考えていた。
「駄目だ!!悟、お前には違う目的がある!!これを・・・このバックアップメモリーを持ってその脱出口から脱出ポッドで逃げろ!!逃げる先は地球だ!!」
「何言ってるんですか!?だったら博士も一緒に!!」
「駄目だ!!私よりもこのメモリーの方が大事だ!!人類にとって!!」
人類の運命を左右する研究がこのバックアップメモリーの中に入っているのだろうか?
「いやっ、やっぱり出来ません!!」
「やめろっ、悟!!・・・はっ離せっ!!」
俺は脱出口の取手に捕まり這い上がると、永森博士を掴んで脱出口に放り込もうとして揉み合いになる・・・
ゴォォォォォォォーーーーーーーーーンンッッッッッッッッッッっ!!!
一瞬、閃光が見えたかと思うと、すぐさま爆風が押し寄せて来た。
俺の体はひとたまりもなく吹き飛ばされ、壁に激突する。体の至る所の感覚がない・・・見ると右腕が逆の方向に曲がっていた。
「脱出口にいけ!!」
そこから先はあまりよく覚えていない。脱出ポッドまでスルスルと滑り落ちる間に少し意識を失った・・・。
悲しみより先に全身に激痛が走る。至る箇所で骨折している。右手右足は動かない。左手は使える・・・俺は血や涙を流しながら、脱出ポッドに備えられている応急道具を使い、自分に麻酔をうち、応急処置をした。そして、脱出ポッドをそのまま大気圏に突入させ…博士の言葉通り、地球へと落ち延びた。
これが、4年前の宇宙ラボ襲撃事件・・・。
地球に着いたら、すぐに救護用ロボットがやって来て病院に搬送された。そして、8ヶ月間の入院・・・。
大怪我をしたものの俺は生き残れた。しかし、それ以外は全て失った。
地球に逃げ落ちて、意識が戻った直後、搬送された病院の方から脱出ポッド及び衣服に入っていた所持物について確認されたが、その中に例のバックアップメモリーも入っていた。
そして、退院後のリハビリ用にと医療関係の伝で譲ってもらった技術支援ロボットアンドロイドVYF104型00100の人工知能AI内にこの復元したメモリーを取り付けた・・・カモフラージュして隠したのだった。
そして、今に至る。
「マスター!お食事にしますか?お風呂にしますか?それとも・・・・
なんだろうか…永森博士から託されたのがこれだったのだろうか。
「アリス、何をどう理解して、その言葉が出て来たのか説明してもらえるか!?」
普通の支援ロボットに搭載されている人工知能AIは限られた反応・行動パターンをするだけで、拡張機能も搭載可能だがスペックは限られている・・・はずだったが、永森博士に託されたバックアップメモリーを取り付け後は情報集積・解析能力が24倍にアップした・・・ そして・・・
『 ち ょ っ と エ ロ く な っ た 』
という結果だろうか…??
「おい、アリス。」
「はい、マスター!!」
「なんでお前、そんな恋愛脳なの・・・!!??ストックデータの中も恋愛関係の言葉ばっかり蓄積されているんだけど・・・!!??」
「はい!もちろん、マスターのためだからです!マスターが一番好む情報を集積していくのが、支援ロボットの役目。恋愛方面…エロ方面に特化するのは当然の結果なのです!」
「はい、マスター!!」
「てめぇーーーは!!もう少し容量を考えろ!!恋だの愛だの、ピンク系の言葉で容量を埋め尽くす気かーーーッ!!」
「大丈夫ですマスター!!マスターのエロ画像・動画フォルダはちゃんとパスワード式にして保管してありますので、安心して下さい!!それに、お気に入りについては、SNSで他のユーザー様にも公表して、関連物を集めていますから!!」
「勝ってな事するなーーーーーッ!!!」
永森博士が託した全人類の希望とは・・・こんなものだったんだろうか・・・
WEB小説 拡張された世界 〜キャラ紹介02〜
月ヶ瀬アリス(つきがせ ありす)104型
【リアース 07-17エリア在住】
型番:VYF104型00100
目的:技術支援ロボット
元々、演算処理能力に秀でたタイプのロボットであったが、永森博士によって開発されたAIチップ搭載により、その能力を爆発的に拡張する。
[※物語の進行によって、追加・修正する予定です]
WEB小説 拡張された世界 〜第一章01〜
「ピーンポーン」というチャイムが響く。
「はーい。」と扉を開けて出て来たのは、少しやせた感じの眼鏡を掛けたおばさんだ。(俺もおっさんだけど・・・)
「あっ、修理屋さん。待ってたザマス。早く入ってザマス!」
そう言いながら、おばさまは俺を家の中に招き入れる。”ザ マ ス "という言葉の語尾が・・・まあなんだろうか・・・キャラが強いというか、のっけからパンチが効き過ぎだ。
俺、月ヶ瀬悟は修理屋を営んでいる。
そして今日は、仕事の依頼でこの少し大きな家にやってきた。 この家に住まうのは上流階級の「骨村一族」そして仕事の依頼主・・・私を現場へと案内するのが骨村婦人だ。
「ここザマス!」そう言って骨村婦人に案内されたのは、リビングルームに設置されていた骨村家の "ホームコネクション" だった。
ホームコネクションというのは、人間居住区の住居に1つは設置されている総合管理コンピュータシステムの事だ。このホームコネクションがある事で、住居における電気やガス、ネットワークサーバー環境など暮しの中で必要な情報環境を統括してモニタリング出来る住居の核的存在だ。
そんな骨村家のホームコネクション前を見ると・・・液晶モニタはバキバキに割れ、悲惨な状態になっていた。見た瞬間に『アウトーーー!!』と呼べる代物だった・・・
「これはちょっと・・・重傷かもしれませんね。」
「そうなのザマス!さっきから家中のあちこちでエラーやノーとか表示が出てお手上げ状態ザマス!」
家の機能の全てを一カ所に集約させているがホームコネクションシステムであるので、これが転けると全てが転けてしまう・・・一極化の危うい点だ。
「ママ〜!!水道が出ないー!!」
そう言いながら、一人の男の子とその友達が骨村婦人の元へ掛け寄って来る。
「まあ、ツネちゃま、2階もザマス!!」
「ママ、ごめんなさい〜!!」
骨村婦人の息子さんと思われる"ツネちゃま"はいきなり泣き出した。
「ツネちゃま、もう大丈夫よ!修理屋さんが来てくれたから!!」
「ママ〜!!」
骨村婦人の説明によると、ホームコネクション破壊の原因はこのツネちゃまが引き起こした事らしい。
「あのぅ・・・ホームコネクションの修理に関しては、私みたいな修理屋より、リアース直営の住居管理会社に依頼した方がよいのではないでしょうか?」
この世界を統治・管理するマスターコンピュータの集合体『リアース』
そのリアース直轄型の企業は、世界中の様々な分野で何百社も存在し、料金的にも信頼性的にも申し分ないサービスを提供してくれている。
「それは、ダメザマス!!リアース系の会社に依頼した場合、事故原因の説明義務が発生してくるからザマス!!」
「そう言う事でしたか・・・。」
確かにホームコネクションの修理など、住居や公共施設における重要備品の破壊・損傷の度合いによっては、その原因を追求されるケースがある。
それはリアースが個人情報を管理するために必要な参考資料とするためだ。例えば、住居の修理を何回も直営会社に依頼していると、その居住者は破壊的志向が強い人間だと判断される・・・みたいな話を聞いた事がある。
そして、今回の事故は骨村婦人の一人息子、ツネちゃまが友達と遊んでいた際に誤って起こした不注意事故なので、その理由説明の責任をツネちゃまが問われる事になると思う。
「ツネちゃまは、来年お受験を控えているザマス!もし今回の事がリアースの判断基準にでもなったらお受験に支障をきたすザマス!そんなこと、絶対にあってはならない事、だからあなた修理屋さんを呼んだのザマス!!」
このように、人間はリアースによって管理されているとは言え、どうしても知られたくない事もある・・・そんな時の為に、俺のような隙間産業が存在しているのだ。
ちなみに、ホームコネクションにエラーが発生した場合、24時間エラー状態が続くと管理会社に通知が入るシステムとなっており、時間も迫られているという事だ。
「ごめん!ツネオーーー!!ボクも悪いんだーーー!!」
と、ツネちゃまの隣の友達が責任を感じてか、下を向いて申し訳なさそうに叫ぶ。
「そうだ、ボクは全然悪くないもん。全部ノビオのせいだーーー!!」
友達に責任を擦り付けようとするツネちゃまの態度は、餓鬼とはいえ黙って見逃してはおけない・・・
「・・・というのは嘘!悪いな、ノビオ!!ここはボクの家だ!ボクとママと修理屋さん・・・この事故は三人までしか関われないんだよ!!」
「えぇーーーーっっ!!」
いつの間にか今回の事故案件に、巻き込まれていた俺だったが・・・友達を守ろうとして敢えて突き放すツネちゃまの男気に思わず目頭が熱くなる。年は取りたくないものだ。
「坊主!!震えたよ!!友達をかばおうというその心意気に免じて、ここは任せろ!!」
「ありがとう、修理屋さん!!」
啖呵を切って、俺はホームコネクションを颯爽と解体する・・・
「大丈夫!!モニターは完全にいかれているけど、マスター端子は健在だし、配線関係ももう一度並べ直せばよいだけの事・・・」
作業を一気に進める俺に、骨村婦人とツネちゃま、その友達の表情もだんだんと明るくなってきているようだ。
「よしっ!!出来上がり!!」
「とっても早いザマス!!ホントに助かったザマス!!」
「ありがとう修理屋さんーーー!!」
骨村家ホームコネクションを1時間程で修理し、耐震強度を上げる素材コーティングを施したり、機能のハブ化(予備ホームコネクションを二階にも設置)もついでに設定した事で、かなり喜んでもらえた。
「今度からは遊ぶ時は気をつけろよ!受験頑張れよ!!」
「うん、ありがとう!!」
「何から何までありがとうございましたザマス!!」
・・・こうして、今日の仕事「骨村家のホームコネクション修理」は終了した。
私は携帯端末を開いて、CASHの項目の数字が増えている事を確認する。これでまた色々な部品が買えそうだ。
仕事を終え、家に帰宅中の私。時刻はもう19時・・・その時端末や都市内放送からアナウンスが流れる。
「本日、7月7日はスターシャワーの日です。これよりスターシャワーをお楽しみ下さい・・・」
行き交う人々は足を止めて、空を見上げる・・・アナウンスが終わった後、1つの流れ星が落ちる。続いて間をおかず、無数の流れ星が降り注ぎはじめたのだ。
その圧巻のビューに、人々は圧倒される。この世界全てがプラネタリウムに変わった瞬間だ。こうやって目に映る世界を華やかなものに演出するのが、拡張世界(オーグリアリティ)だ。世界はプログラムによって毎日様々な演出が催され、人の心を潤し、満たす。眼鏡を外すと灰色の無機質な世界が広がっているだけだが、この世界の人の目には美しい拡張世界が広がっている。灰色の真実よりも人の心を満たす虚構の現実・・・拡張世界(オーグリアリティ)を俺は否定はしない。
幻想的なスターダストシャワーの中を歩きながら自宅に戻る。
・・・玄関扉を開けて・・・
「おかえりなさい!マスター!」
「ただいま!」
帰宅の挨拶の言葉を掛ける・・・一人の少女・・・少女型のロボットに・・・
俺は一人暮らしだったが、正確に言うと、少女型ロボットと一緒に暮らしている。
彼女の名前は『アリス』・・・『月ヶ瀬アリス』VYF104型00100アシスト(介助兼家政婦)ロボットだ。
俺の恩師、永森博士の夢がこのアリスというロボットに託されていたのだ。
拡張された世界 〜キャラ紹介01〜
月ヶ瀬悟(つきがせ さとる)33歳
【リアース 07-17エリア在住】
職業:工学修理士
経歴:元NAGAMORI研究所職員
コンピュータによる世界管理に反対する勢力が多い地域 08-87 通称『イリオモテ』出身。
[※物語の進行によって、追加・修正する予定です]
WEB小説 拡張された世界 〜プロローグ〜
この世界を一言で表現すなら・・・
「 人 類 は 夢 の 中 で 生 き て い る 。 」
目の前に映る景色はプログラムによってつくられた世界
現実を上から塗りつぶしたまるで夢のような世界
拡張された現実 と 閉ざされた真実 ・・・ 人はそう呼ぶ
街を行き交う人々の和やかな表情
その笑顔を齎せるのは、プログラムによる夢の演出
永遠に続くかのような夢 ・・・
ここまでがポジティブな部分 ・・・
そして、俺は掛けている眼鏡を外す
目の前に広がるのは、閉ざされたグレーの世界
これが俺達の住む世界の真実だ
【 俺の名前は月ヶ瀬悟(つきがせ さとる) 】
AI研究の権威、永森博士の研究チームに所属していたが、色々あって現在は街の修理屋をしている33歳ー。
次に、この地球と言う星について語ろう。
先の世界大戦で人間以外の動植物も含め、そのほとんどを壊滅させてしまったこの星・・・灰色の大地に、核の冬が開けたとはいえ、日照時間もほぼ無いどんよりとした空、それが今の地球の姿だ。
その地球を再生させる為、世界には7つの人工知能が搭載されたマスターコンピュータから成り立つ統治機構「リアース」という惑星再生計画が生き残った人間達によって設立された。
現在の地球は、このリアースというコンピュータによって統治・管理されている。
ナノマシーンによる空調・水質環境の再生、土壌整備から植物、農作物の大規模運営システムの部分的構築など、人類が再びこの地球で生きて暮らしていくために必要な分野のほとんどをこのリアースを基盤として再生・循環されている。
そして、この星の生物の管理・・・リアースは地球上の全ての生物の管理も担う。
もちろん、私達人間もその中に含まれ、人類はリアースによって管理されていた。
人類が二度と大きな過ちを犯さないように、地球全ての統治をコンピュータに委ね、リアースによる世界の中で私達人間は、生まれ、暮し、そして死んでゆく・・・
この世界の重要な機能のほとんどはコンピュータが担っている世界・・・そのコンピュータが請け負いきれないすき間の部分を埋めるのが私達人間の役割だった。
しかし、そんな世界の中で人の心・精神は満たされているのだろうか?
それを補うのが 『 拡 張 さ れ た 世 界 』
人が生まれた時、まず脳にナノチップを埋め込まれるのがこの世界のシステムとなっている。
そのナノチップは、病気の早期発見や低周波による早期治療など、人が健康であり続けるための医療用チップとしての機能が表面上での目的だが、その他にも人をナンバーリングする事で個人の情報や戸籍を管理し、銀行や公共施設など全ての機関の利用を円滑化させる有益なシステムであったが、人権問題など大きな反面も存在していた。
しかし、先の世界大戦を生き残った人間達は自らが持つ人権を放棄してもコンピュータの統治管理による世界にかけたのだ。これによって、人工知能コンピュータの集合体「リアース」による管理運営の世界が今日の地球の姿・・・つまり、リアースはこの世界の神、絶対的存在なのだ。
また、ナノチップによる人間の脳への干渉もこのシステムの大きなファクターである。人の脳に微弱な低周波を送り込む事で、人の目に映る世界を拡張させる・・・
これを ” 拡 張 世 界 (オーグリアリティ) ” と呼んでいる。
この拡張世界の中で人類は生きている。
地球上の99.96%の人間がナノチップを脳に埋め込んでいるが、それを持たない人間も僅かには存在する。俺、月ヶ瀬悟もその中の一人だ。俺の脳内にはナノチップは無く、代わりに俺が付けている眼鏡のように、疑似ナノチップ機能を搭載させた端末機器を使いながら、拡張世界を生き抜く人間も存在しているのだ。
ナノチップを脳に埋め込まない人間というのは、主に「コンピュータによる人間世界の支配」に反逆する勢力に所属している者がほとんどだが、俺はそういう過激派ではない。
生まれた場所がその反リアース派勢力の中だっただけで、物心がついた頃には、育ての親でもある世界的に有名な永森博士の元で研究員として勤しんでいた。それからも、脳内にナノチップを埋め込む手術はしなかった。なぜなら拡張世界(オーグリアリティ)とは違う、真実の世界が見れなくなるのが恐ろしかったからだ。
眼鏡を外す・・・。
眼前に広がるのは、無機質な白壁の建物が延々と続く世界、1つ1つが白か灰色の物体で構成された世界だ。そして、空はどんよりとした曇り空というよりは霧のかかったような灰色の空・・・先の世界大戦の後遺症である。こんな色のない世界・・・それがこの地球の本当の姿なのだ。
眼鏡をかける・・・。
先程までの白と灰色の世界から一変して、青い空、カラフルな街並、1つ1つの物に命が吹き込まれたように動き出す世界。無機質な真実を上書きする有機的な現実・・・これが拡張世界(オーグリアリティ)だ。
灰色の世界・・・地球の本当の姿の中で生きて暮らしていると、いつか精神が病んでしまうと思う。だから、地球を統治する『リアース』は人々の目に映る世界を拡張させたのだ。
真実と拡張された現実とを行き来しながら、俺の物語はスタートする。