WEB小説 拡張された世界 〜第一章16〜
「なんだ・・・これは・・・???」
・・・夕暮れ時・・・日が水平線に沈もうとする景色を背に、穏やかな風景が車両内に広がっていた・・・
「修理屋、これはどういう事だ?」
「はい、おそらく車両内限定で空間が拡張されています。」
拡張世界(オーグリアリティ)は人間の脳内ナノチップを通して、この世界を覆っており、俺みたいな一部の例外を除いて、どの場所でも視界には拡張世界を広がっている。
その拡張世界の応用として、部分的に拡張世界を操作する技術が存在する。『空間拡張』と呼ばれるもので、17式のステルスコーティングもその種類の一つだ。他には、コンサートなどのイベントで空間拡張を使って様々な演出をする例もある。
「車両の土台が舞台装置になって、その景色を映していると思われます。」
「その理由がイマイチよくわからないな。」
なぜ、内側でこんな風景を演出しながら、外側では列車を暴走させているのか・・・
「でも、ほらっ、あそこを見てくれ!」
「老夫婦・・・?」
車両内・・・ブライアさんが現在いる位置から奥の優先座席に、仲睦まじく寄り添う老夫婦の姿がそこにはあった。
その時だった・・・
「マスター、ブライアさん!本庁から入電が入りました。」
「切り替えてくれ、嬢ちゃん!」
・・・オーグセキュリティE本庁から共同通信が入る・・・
『対象、第17式機動装甲列車の所有者が判明・・・所有者は中富康之、72歳没、ベイエリア倉庫に保管されていた車両が突然動き出したとの事。その後、対象はレールライン車両倉庫で付随車両に連結した後、暴走を始め現在に至る。所有者の中富康之氏は、かつてレールライン開発技術研究所所長を務めており、退所後は民間企業の技術部に所属し、三ヶ月前に電脳結核により死亡。顔写真を転送する。』
・・・転送されてきた写真を見ると、やはりそうだった。
「あそこの老夫婦のおじいさん・・・中富博士だな!」
「そうですね!」
亡くなったはずの中富博士が、空間拡張によってそこに存在している。おそらくは、中富博士の意思が、車両内の景色に関係しているのだろう。
「アリス、中富博士の周辺情報について調べてくれ!」
「はい、マスター!」
・・・本庁からの続報を待つよりも、アリスに調べさせた方が早い。
「修理屋、中富博士の隣の御婦人はおそらく博士の奥さんだろう。さっきからあの夫婦・・・ずっと話をしてるようだから、一度接触を試みるよ!」
「お気を付けて!」
「ああ!」
今回の事件、暴走する列車の原因が、中富博士である事は間違いない。その原因を突き止めることが出来れば、列車の暴走も止められると思っていた。
・・・モニターには、ブライアさんが老夫婦にどんどん近付いていく様子が映し出される。
「んっ?どういう事だ!?」
ブライアさんが老夫婦の話に何か気付いたその時だった・・・
「 伏 せ て く だ さ い ! ! 」
突然、アリスが叫ぶ・・・
ブォォォガァァァーーーーーンッ!!!
突然の爆発音・・・モニターにはブライアさんが床に倒れるその視線の映像が映るが、爆発音だけが聞こえ、映像は夕暮れの車両内映像のままだった。
「サーモグラフィー映像に切り替えます!」
そう言ってアリスが切り替えた映像には、銃撃で車両の上半分を粉々に吹き飛ばす凄まじい光景が広がっていた。
もちろん、攻撃してきたのは、第17式機動装甲列車・・・付随車両の後ろを走る17式からバルカン砲を連射されたのだ。
「なんで!?」
俺もブライアさんも、17式は前を走る付随車両に向けては攻撃してこないものだと、勝手に解釈していた。
車両内には限定拡張された空間が広がる・・・この限定拡張の本質を見誤っていた。
限定拡張はそれを演出する装置、ここでいう付随車両の土台部分さえあれば、それ以外の上半分はどうなろうが構わないのだ。
「ブライアさん!マズイです!早く脱出を!」
限定拡張された空間内にいるブライアさんの目には、外からの干渉(バルカン砲)を視覚に写す事が出来ないからだ。
「すまん、修理屋・・・今動けない・・・」
苦しそうな声で、ブライアさんの通信が入る。
「マスター・・・ブライアさんの左胸と左足部分が・・・」
ブライアさんの状態がモニターに映し出される。
「 ブライアさん!!! 」
ブライアさんの左脇腹と左足部分が、バルカン砲により、ごっそり抉り取られていた・・・