WEB小説 拡張された世界 〜第一章14〜
・・・ ここは、07-17エリア04 ・・・
レールラインが南北に延びており、その西側に大きな湖が広がっている。
その湖の真ん中に、一人の男性が立っていた・・・
水面に人が・・・一見すれば不思議な光景だ。
もちろん、水面に立つ男性はブライアさんで、そのブライアさんの足下には、俺が操縦する対犯罪者用戦闘重兵器車両EMZ-03(エムズ)の機体が水面下に隠してある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『勝手な行動は許さんぞ!!』
通信の向こうから怒鳴る晶子の声が聞こえてくる。
「大丈夫だ、課長!ホントにヤバい時は必ず撤退する。その辺の事はわきまえております。只対象の情報をもうちょっと掴んでみたいんだ!」
『止めろっ!ブライ・・・』
ブライアさんは通信を強制的にシャットアウトする・・・
「課長にまた怒られるだろうなぁ・・・だけど、彼女・・・笠原課長を危険な目に遭わせたくないんだよなぁ・・・」
ブライアさんの言葉には、晶子を気遣う優しさが込められているように感じた。
「17式とドンパチする時、絶対に晶子は最前線で戦いますからね!?」
晶子は、後方でノンビリと指令を出すタイプではない。
「そうなんだよなぁ・・・だから、修理屋手伝ってくれるか!?」
「もちろんです!!」
それから、ブライアさんに具体的な作戦について説明を受ける・・・
「俺が単身で前の車両に乗り込むから、修理屋はエムズを操作して俺をその車両まで運んでくれ!その間、17式から攻撃されると思うので迎撃しながらになってしまうが・・・」
なかなか、ヘビーな内容ではあるが、俺も技術者としてエムズのような兵器関係にも通じており、何度も試験運転もした事がある。
「大丈夫です!私がいるのでお任せ下さい。」
そして、今はアリスがこの機体のコアコンピュータとして機能させている。
「ああっ、そうだな!何せ今はお前がいてくれるもんな!」
「はい、マスターのようなポンコツパイロットでも、エース級の結果を出させる・・・それが私、アリスの役目です。」
「おまっ、ポンコツ言うな!!」
アリスがこの機体を制御して、しばらく時間も経っている。演算処理と機体動作とのバランスもかなり慣れてきたようだし、ここはアリスの力を頼るしかない。
「アリス!しっかり俺を導いてくれ!そして、俺について来てくれ!」
「はい!地獄でも何処へでも付いていきます!」
「おまっ、縁起でもない事言うな!!」
・・・・・・・・・・・・・・
・・・それから、何処でアタックをかけるかについて検討し、ここの湖に決まった。理由は民家や建物もなく、17式から迎撃されても他に被害が及ぶ心配が少ない事と、17式が持つ主砲・・・リバイヤキャノンの死角から接近出来るからだ。
暴走する列車を飛び越えて、少しでも17式からのレーダー捕捉を回避する為、湖の真ん中に着水した。ここで、暴走列車を待ち構える作戦だ。
・・・コクピットから機体の上部甲板に出て、装備品をチェックするブライアさん。いくら擬態化しているとはいえ、単身で砲弾の中を掻い潜り車両に乗り込もうと言うのだが、彼の体とエムズの機体とを細いワイヤーで繋ぐ。
「何かあった時は、全力でこのワイヤーを引っ張って、引き摺ってでもブライアさんを回収しますので。」
「ああ!任せる!」
・・・ 嵐の前の静けさ・・・と言うべきだろうか?
レールライン周辺の道路封鎖や周辺住民の避難は迅速に行われているようで、辺りは騒音など聞こえず静まり返っている。
「対象、間も無く接近してきます。」
アリスの報告で、俺もブライアさんも身構える。
・・・ガタンゴトンと、遠くの方から列車の走る音がレールを伝って聞こえてくる。
「きます!」
・・・前を走る付随車両、後ろから押す動力車両の第17式機動装甲列車が近付いてきた。
WEB小説 拡張された世界 〜第一章13〜
「これは・・・!?」
・・・ モニターに映し出された映像に驚くブライアさん・・・
「前に一度見た事があったんだけどな・・・これが修理屋が見ている景色なのか?」
「そうです。灰色の空に、建て物、これがキャンセラーの見る景色です。でも、普段は拡張世界を映す眼鏡を掛けてますから!」
人は生まれた時に脳内にナノチップを埋め込まれる・・・物心付いた頃から拡張世界の中で生きているからこそ、この世界の真の姿を見るとショックを受ける事が多い。
「アリス!対象のみキャンセル映像を映し、後は拡張世界に戻してくれ。」
「了解です、マスター。」
・・・再び、モニター映像が切り替わり、白黒の世界からカラフルな世界に戻る。
「すまんな、修理屋!この映像は本庁、支局の人間にはなかなか見せたくない映像なもんでな!」
ブライアさんが言う通り、この世界の真の姿と拡張世界とを見比べてばかりいると、その両方のギャップに精神が追い付けなくなり、脳に障害を起こす人間もいる。
「いえいえ、理解しています。」
拡張された世界の中で当たり前に生きてきた人間にとって、この世界の真の姿は刺激的過ぎるのだ。
「マスター、対象データを解析しました。対象は第17式機動装甲列車後継機モデルです。」
・・・アリスが対象解析データをモニター上に表示してくれる。16連ミサイルポッド、リバイヤキャノン、360°回転式バルカンを4機搭載した走る要塞であり、誘導弾等、かなりカスタマイズされている様子だ。
「このデータを本庁、支局の各部に転送してもらえるか、嬢ちゃん!?」
「はい、ブライア様!それと、先程から何度も通信が入ってますがいかがいたしましょうか?」
もちろん、通信元はオーグセキュリティE-03部の課長笠原晶子からだと推測される。流石にもう通信エラーは言い訳には出来ないようだ。
「こちらブライア!エムズ一号機にて対象付近に展開中!」
少し、引きつった声で通信に応答する・・・
『 ブ ラ イ ア ッ ! ! 』
開口一番、雷が落ちた。声からわかる晶子の鬼の形相・・・もう、念仏を唱えるしかない。
「すまない課長・・・現場に一番乗りしてしまいました。」
・・・その後も、ブライアさんは晶子から色々雷を落とされていたが、流石年の功・・・上手く話を流しながら情報解析の重要性を訴えている。
『それと隣にいるんでしょ悟!』
怒りの矛先がこちらに向けられた。もはや、逃げ場はないようだ。
「いや、こっちにはいません。」
『 サ ト ル !』
「嘘ですッ!います。めちゃくちゃここにいます。」
・・・晶子は冷静で高圧的、一番シャレにならないタイプの人間だ。
『さっきの対象解析・・・あなたがやったのね!』
「ああっ!捜査官の危険度を少しでも下げようと思ってやった事だ。後悔はしていない。」
『そう・・・悟は昔からいつもそうだね!』
怒りが鎮まり、冷静になった晶子の反応に、俺は少し驚いた。
『じゃあ、この件が片付いたら、しっかり悟には償いをしてもらうわ!月ヶ瀬悟容疑者さん!』
「あっ・・・あの〜。その逮捕状の件の事把握していらっしゃるのですね・・・。マジでやるつもりなの?」
『もちろん!』
なんの躊躇いもない真っ直ぐな返事が返ってきる。晶子は俺とアリス、そしてブライアさんがどうやってオーグセキュリティEを抜け出してきたのか、その経緯も行動もしっかりとわかっているようだった。月ヶ瀬悟・・・俺の運命も尽きる。
「ははっ!修理屋、そう気を落とすな!俺がなんとかしてやる!」
「ブライアさん!」
流石頼りになるおやっさんだ。
『ブライア!ちなみにお前もお咎めなしで済むと思うな!』
「おいおい、つれないなぁ〜課長は・・・で、これから課長達はどう展開するつもりですか?」
『今、ブライア達がいる地点から80キロ先・・・07-16エリア09・・この谷間の地点で対象を迎え撃つ為、現在本庁支局と連携して陣を敷いているの!』
モニターに映してその地点を表示してくれる。レールライン上現在地からその地点までは分岐点はなく、周りに民家や建物もない、迎え撃つには最適なポイントだ。
「だけど、課長!相手は17式ですよ!周りが火の海になります。」
『ああ、わかっている。だから、今増援も要請しているし、私達もその地点へ向かっている。ブライアは対象の様子を伺いながら並走するように!対象が急停止したり、別行動をとった場合は報告するように!』
第17式機動装甲列車は重装備で火力も高く、防衛能力に長けた装甲列車である。オーグセキュリティEの戦力だけで、17式と対戦すればかなり痛手を飼うのは目に見えている。
「ブライアさん、晶子、あいつは17式を迎撃するつもりですが、正面から挑んで無傷ですむような相手じゃないです!」
「ああ、そうだな。このエムズと俺達で出来ることはやってみよう!」
「はい!手伝わせて下さい!」
晶子は暴走列車の状況確認だけで、対象には手を出すなと言ったが、オーグセキュリティで用意できる戦力の中、一番高火力なのはこのエムズだ。
この対犯罪者用戦闘重兵器車両EMZ-03(エムズ)が今動かずして、いつ動く!!
まだ、あの暴走する列車が、どのような目的を持って、何のために走るかも分かっていない状況だ。解析で前方車両も後方17式も無人であるとは分かったが、だからと言って
戦闘に突入するのは最終的な方法でいいはずだ。
「ブライアさん、どう攻略します!?」
「なんで、17式はわざわざステルス化して、前の車両を押しながら進むと思う?わざわざカモフラージュして走ってると思う?」
「17式が暴走して、どこかで付随車両を引っ掛けてそのまま押して走ってるのかと思いましたが、ちゃんと連結されてますよね!」
映像解析では第17式機動装甲列車と前の付随車両とは、きっちりと連結されている状態が伺える・・・という事は、意図的にあの連結状態で暴走していると思われる。
「前の車両・・・気にならないか?」
「なります!」
「ちょっと、俺・・・前の車両に乗り込んでくるよ!」
「なっ!?」
「修理屋、その間、運転・・・お願い出来るか?」
・・・ 俺はブライアさんの突然の提案に驚く ・・・
WEB小説 拡張された世界 〜第一章12〜
「対象まで距離2700m・・・周辺にはオーグセキュリティ支局の警備車両が追走中です。」
アリスの報告通り、オーグセキュリティ支局の車が、暴走する列車とかなり距離を取りながら追跡している。対象に近づき過ぎると、見えない攻撃に晒されるので当然距離を取らざるおえない状況だ。
「まもなく、着陸します。着地コードをナビゲートします。」
「了解!」
モニターに映る誘導ラインに沿って、ブースターを効かせながらエムズは問題なく着地した。
オーグセキュリティEから現場までの何百キロの距離をジャンプ移動でやってきたのだ。これは、セキュリティEからの派遣組の中では一番乗りで現場に到着した事になる。
「アリス、対象まで距離は・・・?」
「1800mです。」
「よし、じゃあ始めますか!?ブライアさん、コクピットのハッチを開けてもらえますか?」
「ああ、了解!どうする気だ!?」
「対象を目視します!」
暴走する列車・・・その真の対象というのは、今モニターに映っている付随車両ではなく、その後ろの車両・・・拡張世界(オーグリアリティ)を使ったステルスコーティングによって透明化された装甲列車の方である。
俺は、眼鏡を外すと拡張世界は目に写り込まず、本当の世界を見る事が出来る。だから、透明化された車両の本当の姿も目視する事が出来るのだ。
「マスター、ヘッドギアを!」
俺はアリスから小型ヘッドギアを受け取り、エムズのコクピットから身を乗り出して外へ出た・・・そして、ヘッドギアを装着して眼鏡を外す。眼下には真っ白の世界が広がる・・・これが、この世界の真の姿だ。
「エムズをレールラインに乗せて追走してらえますか?」
「了解!」
エムズは着地してからは公道を走っていたが、ジャンプしてレールライン上(線路上)に移動した。障害物のない真後ろから対象を捕捉する為だ。
「対象にロックオンされない程度に距離を詰めてもらえますか?」
「ああ、わかった!ヤバくなったら教えてくれよ、嬢ちゃん!?」
「了解です!」
どんどんと対象に近づくにつれて、その全容が明確に捕捉出来てきた。
付随車両の後ろを走るのは、かなりカスタマイズされているようだか、武器装甲から第17式機動装甲列車だと思われる。
第17式機動装甲列車・・・『オーグアーミー』と呼ばれるこの世界の軍隊機関用の兵器として開発された兵器だ。レールライン上の移動運搬を目的とし、防衛能力に優れた重兵器だ。
「後退する!」
と、ブライアさんは、いきなりエムズを急停止させた・・・どうやら対象に近付き過ぎたようだ。俺はコクピット内に転がるように戻り、急いでコクピットのハッチも閉じた。
「警戒レベルイエロー信号が出ました。距離は800mです。」
「そうか、データは取れたか?」
「はい、問題ありません!」
俺がコクピットから身を乗り出して、対象を目視する事は大きな意味を持つ・・・
「ブライアさん、今からこのモニターにあの透明列車の正体、御尊顔を映し出します!」
「そんな事が出来るのか!?」
「はい!俺が目視で対象を見た際の脳波情報をこのヘッドギアを通してアリスに伝達させました!」
「そして、私がエムズを通して対象に向けて超音波を出し、その反射の具合から対象の物体情報を演算しました!」
俺の目視情報とアリスの超音波演算を合わせる事で、拡張世界をキャンセルさせた真の現実世界を映し出す事が出来る・・・この世界人間のほとんどと機械やアンドロイドにはナノチップが埋め込まれており、デフォルトの状態で拡張世界を見る(見せられる)事になっているが、アリスが、俺が眼鏡を外した時に見える景色をどうしても見たいというので考え出した拡張世界キャンセルシステムだ。
「それでは、切り替えます!」
・・・・・・・・・
モニターが一旦真っ黒になって、次に映ったその景色は、俺がさっきまで眼鏡を外して見ていた灰色の真の世界だ。その灰色の中をレールラインが続く・・・前方に見えるのは、完全武装された第17式機動装甲列車だった。
WEB小説 拡張された世界 〜第一章11〜
・・・・・・・・・・・・・
「うぉぉぉぉぉーーーーーッッ!!」
対犯罪者用戦闘重兵器車両EMZ-03(エムズ)のコクピット内・・・
俺とブライアさんは絶叫していた・・・
・・・・少し前のこと・・・・
「大ジャンプって、現場までエムズでジャンプするってことか?」
「そう言う事です。こいつは基本陸上移動用ですが、高出力ジャンプが可能な機体です。」
「どうやって・・・その高出力ジャンプをするんだ?」
「まず先に二足歩行モードに切り替えて下さい。後は空に向かってラナウェイだけです!」
エムズの基本形態は4脚走行だが、上体を前屈みの姿勢にし、後ろ二本の脚を折り畳むと二足歩行モードに切り替わる。
その時、折り畳んだ後脚の折り目部分には噴射口が剥き出しとなり、ブースター機能として使用出来る。
二足歩行モードの目的は、ブースター推力による、無重力空間下での行動・移動だった。つまり、エムズは地上用だけでなく、宇宙空間や水中内での使用も実現させた汎用ロボットなのである。
・・・・・・・・・・・・・
「うぉぉぉぉぉーーーーーッッ!!」
空に向けて全開でブースターを稼動させると、エムズの機体は轟音と共に浮き上がったと思った・・・その瞬間、一気にGが掛かかり、空に向かって突き進む・・・まるでロケットを打ち上げるような感じだ。
「ずっと、このままでいいのか!?」
「はい、そのままでお願いします!」
ペダルを全開に踏み込むブライアさんが確認を求めてきたが、今はひたすら空へ駈け上がる他ない。
高度がどんどん上昇していく・・・と共にブースターのヒートゲージもどんどん上昇している。
「おい、そろそろブースターがヤバイんじゃないのか?」
「大丈夫です。そのまま踏み続けて下さい!」
「マスター、ヒートゲージが93%です。」
「おい、このままじゃ、オーバーヒートするんだが!」
「大丈夫です!大丈夫なはずです・・・!」
・・・さっき見たこのエムズの取説的には大丈夫なはずだ。
「ヒートゲージ98%・・・99%・・・!!」
・・・ そして ・・・
ガチャンッッ!!
モニターに赤く警告されていたヒートゲージが青くなり、ゲージも一気に下がる・・・オーバーヒート状態となった。
「うわぁぁぁーーーッッ!」
機体の上昇もストップし、バランスが崩れる・・・そのまま降下してしまいそうかとなった瞬間・・・
ガチャンッッ!!
再び機体の一部が切り替るような音が鳴るとともに、ブースター噴射口から
高出力の燃焼エネルギーが発せられる。
「セカンドブースター!!??」
モニターに点滅するセカンドの文字・・・エムズは通常ブースターがオーバーヒートを起こすと、セカンドブースターに切り替えられる構造になっていた。
「こんな機能、マニュアルにも何処にも書かれていなかったぞ!」
「そうです!俺もさっきシステムを構築している段階で見つけたんです。元々、この機能が使えないようになってましたがシステムをいじって使えるようにしてみました。」
エムズの開発者は何故このような、機能を搭載させているのにそれを使えなくしたのだろうか?
おそらくは、この世界を統治管理するコンピュータ『リアース』は、人間達に武器を持たせる際、制限を設ける・・・限られたスペックの武器のみ使用できる事を許可しているので、このエムズの隠されたギミック機能は、開発者のリアースに対する細やかな反抗のようなものだろうか。
「とにかく、セカンドブースターでさらに天に昇りますよ!」
「ああっ!わかったよ、修理屋!」
・・・エムズはさらに上昇する・・・
「マスター、予定高度の9000mに達しました。」
「ブライアさん、出力を30%に調整して下さい。」
「了解!」
高度9000mの世界・・・エムズの真下には一面雲がどこまでも広がっている。この雲は今なお地球を覆っている、先の世界大戦の後遺症のような存在だ・・・という事は、この高度9000m上空では、拡張世界(オーグリアリティ)はどうなっているのだろうか疑問がわく・・・エムズのモニタ越しに見る景色は、真の地球の姿を映しているようにも思うが、俺はこの上空でコクピットハッチを開けて、外の景色を見てみたいが、今はそんな場合ではない・・・
「これより、アリスが目的地までナビゲートしますので、それに従って下さい!大降下作戦です!」
「了解!頼むぜ、嬢ちゃん!!」
「はい、ブライア様!これより、方角調整は自動モードに切り替えますので、出力調整はモニタ−に従って下さい。」
「了解!」
高度9000mの登山は終わり、いよいよ目的地(暴走列車)までの下山が始まる。
・・・ ブォォォォォーーーーーーーッッッ!!! ・・・
もの凄い風圧と重力を受け止めながら、降下するエムズ・・・時折、ブースターを吹かせて着地地点への調整を計る・・・少しでも出力調整を見誤れば機体バランスを崩してクルクル回転をはじめてしまいそうだが、流石歴戦のパイロットであるブライアさんは、安定した操縦を続けていた。
「高度1000mをきりました・・・対象まで間もなくです。左前方に目視で確認が出来ます。」
アリスの言葉通り、遥か前方に移動する物体が見えてきた。レールライン上を暴走する列車だ。エムズのモニタ−越しだと前の付随車両しか見えない・・・その後ろに、ステルスコーティングされたレール式戦闘装甲車が前の車両を押しながら走っていると推測される。
俺は緊張しているのか、少し体が震えていた・・・いやっ、これは武者震いだ。
WEB小説 拡張された世界 〜第一章10〜
ブライアさんに対犯罪者用戦闘重兵器車両EMZ-03(エムズ)の搭乗許可をもらった俺とアリスは、早速、エムズのコアコンピュータにアリスのコアを代理接続させる設定に取り掛かかる。
エムズとアリスをケーブル接続して、チョチョイと打ち込み設定すれば・・・ほらこの通り・・・
「接続設定完了しました!」
アリスとエムズが完全リンクされ、モニターには A L I C E という文字がエフェクト点滅している。
「これは、凄いな!」
「はい、基本操作は変わらず、レバーとペダルをお使い下さい。もしくは、私に話しかけてくれればそれに従います。」
「このお嬢ちゃん、凄い性能だな、修理屋!?一体、どんなAIを積んでるのか聞きたくなるよ!」
鋭い突っ込みを入れてくるブライアさん・・・流石にアリスのスペックを披露し過ぎ感はある・・・が、この一大事に躊躇っている暇はない。
「詮索すれば、この世界から消されるレベルのAIです。」
「そうか・・・まあ、深くは追求しないよ!それより今は、早く現場に向かわないとな!」
ブライアさんは深く詮索してくるような、そんな性格では無いとわかっていた。
「ドックハッチを開けてくれ!これより、現場へ急行する。」
ブライアさんがオペレーションルームに呼びかけ、ドッグハッチが開く・・・
「ブライア・イグニス、エムズ、発進する!!」
掛け声と共に、エムズが急加速して、ドックから発進した。
「オォォォォーーーッ!すげぇぇぇぇぇーーーーッ!!イグニスさんカッケーっスよ!アニメとかでやる本物の発信だ!」
俺はちょっとテンションが上がってしまう。俺もやりたい。
「マスター、はしゃぎ過ぎですよ!」
俺が調子に乗った発言をする時は。きっちりとアリスは突っ込みを入れてくれる。
「オーグセキュリティEを出た瞬間、晶子様から通信連絡が届いています。応答しますか?」
ひぇぇぇ〜、流石、鬼の笠原晶子課長・・・本来今頃は改修中のはずのエムズ一号機が発進したものだから、何というアンテナ・・・恐れ入ります。
「えぇっと、エムズ一号機は改修して間も無く、通信系統に異常が発見されております・・・という感じで、通信エラー信号を送り返しなさい。」
「了解です。マスター!」
「修理屋・・・」
「大丈夫です、ブライアさん!俺も一緒に謝ります!」
「そうか・・・笠原課長の鉄拳制裁はキツイぞ!」
「はい、よく知ってます。ですが、擬態化してバージョンアップした晶子のパンチは受けた事がないので凄く心配です。」
「ははっ!大丈夫!修理屋も擬態化すればいいだけだ!」
擬態化推しをしてくるブライアさんだったが、今、俺がしている事はオーグセキュリティ捜査官の犠牲を減らすためにしている事だから・・・と自分勝手な謎理論で勝手に俺は納得した。そして通信を遮断した。
「今、晶子達はどこにいるんだ?」
「オーグセキュリティ屋上で、輸送機へ搬入・搭乗されておりましたが、先程離陸された様子です。」
アリスの報告では、オーグセキュリティ所有の輸送機は、別の基地にあり、その手配には許可申請等含めて、少し時間がかかるらしい。これも、空輸や航空戦力を望まないリアース(地球の統治管理コンピュータ)の意思が働いているようだ。
「どちらが先に着くかなぁ!向こうは空から、こっちは陸からだから出遅れるかもな。」
「大丈夫です、ブライアさん!このエムズには秘策があります。必ず、現場へ先回り出来ます!」
「本当か!?」
「はい、実は自分もさっきこのエムズのシステムをいじっていた時に見つけただけなんですが・・・やってみましょう!」
「ああ、でもどうやってそんな高速移動するんだ?向こうは空輸だぞ!対して、こちらは陸上移動・・・」
「こちらも空から行くんです!空輸ではなく、大ジャンプで!!」
「大ジャンプ!?」
・・・対犯罪者用戦闘重兵器車両EMZ-03(エムズ)の隠された機能を使って現場へ最速で向かうことにした・・・
WEB小説 拡張された世界 〜第一章09〜
「悟っ!くれぐれも余計な事は考えないで依頼した仕事を続けてればいいから!!」
俺は晶子に改めて、事件に首を突っ込まないように釘を刺される。
「了解・・・事件解決・・・頑張れよ!」
晶子は俺とアリスを見ながら、少し頷くと現場へと向かう・・・小型戦闘車両など装備品を整えて、エレベータへ積み込み上昇ボタンを起動する・・・屋上のヘリポートから、輸送機で現場付近へ向かうそうだ。
「ブライアさんは、居残りですか!?」
「いやっ、俺はエムズ二号機で出撃かな・・・」
ブライアさんは、晶子達とは別行動を取り、本日俺が改修依頼されている対犯罪者用戦闘重兵器車両EMZ-03(エムズ)・・・その二号機で現場に向かうとの事。
「ブライアさん…もう少し、待ってくれませんか!?この一号機の改修がまもなく終わりますので!!」
「どれくらい?」
「15分くらいです!」
「・・・それで、修理屋も一緒に乗って試験調整しようって魂胆か?」
「そういうことです!」
晶子は頑なに俺の協力要請を断っている以上、本丸攻めではなく、外堀から攻める必要がある・・・だから、ブライアさんにアプローチを掛ける。
「無理だなぁ・・・それだけじゃ、課長に言い訳出来ないよ。」
「そうですか、それじゃ・・・」
とっておきの方法を提案しようとした瞬間、また警報音と共に列車暴走事件の続報が入る。
『先発隊が原因不明の攻撃を受けて後退、繰り返す・・・原因不明の攻撃を受けて後退。捜査官の安否は不明』
・・・恐れていた事が起こった・・・
暴走列車に最初に駆け付けた捜査官達が、列車に接触を試みる・・・そして、列車の後ろ…ステルス機能を搭載した装甲列車から攻撃を受けたに違いない。原因不明の攻撃という事は、装甲列車からの攻撃もステルスコーティングされているという事だろうか?だったらこの状況はかなりマズイ・・・
「アリス!ここの装備であの装甲列車に勝てるか??」
「現在の勝利確率は13%です。エネミーリサーチ後に確率は上昇します。」
「現場に駆け付けた捜査官は、当然ステルス対策はしてるはずなのに、それでも攻撃を当てられたのはどうしてだと思う?」
「おそらく、赤外線モードの死角から攻撃してきたものと推測されます。」
暴走する装甲列車は思考・策略を働かせる事が出来、捜査官の裏をかいて攻撃を撃ち込んだ・・・経緯から間違いなく人の電脳が搭載されているはずだ。
「なんと!・・・笠原課長!」
ブライアさんもこれからの行動・判断について、かなり迷っている様子だった。
「ブライア様、このまま敵戦力と戦闘になった場合・・・例え勝利したとしても自戦力の4割から7割の犠牲を払わなければならない演算結果になります。」
アリスの言葉にブライアさんの表情もさらに険しくなる。切迫した状況下で、俺はもう策をろうするのはやめ、正面からブライアさんにお願いする事にした。
「だから、ブライアさん!このドック内で一番戦闘スペックの高いエムズを使って下さい!」
「まだ出来上がってないだろ!?」
「メインコアコンピュータはまだ改修中ですが、代理のコアと繋げれば今からでも動きます!」
「代理のコアってどこに!?」
「ここにあります!」
俺は、アリスの頭にポンと右手を乗せて左手でアリスを指差す。
「お嬢ちゃんが代理のコンピュータになるっていうことか?」
「そうです。エムズの解析もしているので、操作系統の誤差も修正出来るはずです。そうだよな、アリス?」
「はい、マスター!誤差は0.007迄抑える事が出来ます。」
「現場に向かいながら、システムの組み立てもします!だから俺達に任せて下さい!」
「・・・あぁ。でもどうやって言い訳をするべきかな・・・」
「そこは任せて下さい!確か俺に逮捕状が出てましたよね?」
晶子は俺に逮捕状を用意してくれていた。容疑は『電子不純わいせつ容疑』・・・アンドロイドに対する数々の嫌がらせ行為に対する容疑という、とんでもない案件で逮捕状を本当に用意してくれていたのだ。
「容疑者として、俺月ヶ瀬悟は拘束され、エムズに搭乗し護送されている最中に事件が発生した。」
「当然、事件に解決にはエムズが必要であり、容疑者を拘束しつつ、現場に向かう行動を取った・・・というシナリオだな!?」
「そういう事です!」
暴走する装甲列車は、ステルス機能を搭載しており、まだ解析すら出来ていない状況・・・この段階での戦闘は自殺行為に等しい・・・だから誠心誠意でブライアさんにお願いする。
「修理屋!お嬢ちゃん!今回の事件・・・最後までナビゲート頼んだぞ!」
「はい!喜んでッ!」
俺とアリスは揃って返事した。
WEB小説 拡張された世界 〜第一章08〜
「大体、列車の暴走だって言うけど、鉄道屋で何とか対処出来ないのかな!?」
ブリーフィングルームでは、今回の事件についての概要説明が始まっていた。
ブライアさんが言うように、本来レールライン(鉄道機関)の管轄事件であったが、事件発生直後にレールラインから応援要請が届いたそうで、警察機関としては、少し困惑するものがあった。
「これを見て・・・!!」
メインモニタに現場映像・・・暴走している列車の映像が映し出される・・・
・・・一両の列車が時速60〜70kmで走行している映像だった・・・
「???」
「どうかしら??」
「なんで、暴走してるのが付随車両なんでしょうね・・・??? 一体、どこに動力が・・・」
この世界のレールライン上で運行される列車のほとんどは、動力車両と付随車両からなる動力分散連結方式で運行されていたが、今、画面に映し出されている暴走車両は、動力を持たない付随車両だった。
「サーモグラフ化映像に切り替えて!」
晶子の指示により、画面が赤外線サーモグラフィー映像に切り替わる。
「なっ!!!???」
ブリーフィングルームにどよめきが起こる。
・・・画面に映し出されたのは、暴走している付随車両の後ろに、もう一台の車両が連結して押すように走行している映像だった。
「暴走の原因はこれか!!??」
「でも、なんで標準カメラには映らないんだ・・・??」
捜査官達がざわつく・・・しかし、それを遮るように俺はしゃしゃり出た。
「 ス テ ル ス コ ー テ ィ ン グ で す よ ! ! 」
ステルスコーティングとは、目に見えないように物を透明化する技術の事である。正確に言うと、人や機械が対象物を判別出来ないようにハッキングする技術の事である。
この世界は拡張世界(オーグリアリティ)に覆われており、人間の目にはその拡張世界の映像がデフォルトで見えるようになっている。その拡張世界を作り出すシステムに干渉する事で、拡張世界から対象物を消す(見えなくさせる)技術・・・それが、ステルスコーティングであったが、この技術を使用出来る人間は、基本的にはごくわずかな機関の者だけとなっていた。
「悟!?何であなたがここにいるの??部外者は立ち入り禁止!!どうして入って来られたのよ!?」
かなり怒っている様子の晶子だったが、このブリーフィングルームに入れるように疑似セキュリティパスをさっき作らせてもらいました・・・
「ステルスコーティング出来て、尚且つ・・・サーモグラフ化映像をよく見てください!!」
一同の視線が画面に集まった所で、俺は話はじめる・・・
「前の車両、後ろの車両ともに映像には、人の影が全く映っていません。つまりは無人機です。しかも後ろの車両はこの画像だけでは断言出来ませんが、おそらく影の形状から見ると”レール式戦闘装甲列車”と思われます。」
「レール式戦闘装甲列車!!??」
先程よりも強いどよめきが起きる。
「”ステルスコーティングされたレール式戦闘装甲列車”・・・て、軍隊要請レベルじゃない!!だから、問答無用で私達に振って来た訳ね。」
事件の規模からして、レールライン(鉄道機関)で対処出来るレベルではなかったのだ。
「そこで、俺、月ヶ瀬悟の出番だよ!俺は、ここにいる皆さんと違って、頭にチップが入っていない。だから、拡張世界(オーグリアリティ)に惑わされる事なく、肉眼でその暴走列車を見れば、どんな装備でどんなスペックなのかを解析する事が出来る!」
「そう言えば、悟はキャンセラーだったわね・・・」
この世界にわずかに存在する脳内にナノチップを埋め込んでいない人間・・・ナノチップを埋め込んでいないので拡張世界(オーグリアリティ)が目に映ることもない人間・・・そういった部類の人間は、キャンセラーと呼ばれていた。
「そうだよ!曇りなき眼で真実を見る事が出来る目・・・俺があの暴走列車の正体をを暴いてやる!!」
「わかったわ・・・悟・・・」
「俺を現場に連れて行ってくれ!!」
「 部 外 者 は す っ こ ん で ろ ッ ッ ! ! 」
俺とアリスはドックへと放り出された・・・民間人に任せられる訳がない!しゃしゃり出るのもいい加減にしなさいと、鬼の形相の晶子に一喝されてしまった。
「マスター、ダメでしたね・・・」
「あぁ・・・でも、俺がここであきらめると思う・・・?」
「いいえ。マスターはしぶといのが取り柄の人です!」
「よくわかってんな、アリスは!?」
「はい、マスターのアリスですから!!それに・・・」
「・・・さっきの映像・・・ちょっと、ヤバそうな感じだよな!?」
「はい、ここ(オーグセキュリティ)の装備レベルで対処出来るかどうかです。」
・・・晶子達、オーグセキュリティE-03部の捜査官達は、事件現場に向けての準備を初めている。先発隊の捜査官達は、既に事件現場(暴走列車)へ出動したそうだ。
俺とアリスは、次の行動について考え始めた・・・